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今夜はそういや “スーパームーン”だそうだねと、
出社する折、社までの道なりでにて誰かが話していたのが聞こえて来て。
あれってどういう意味なんだろと谷崎さんに訊いたら、
『ああ、それは満月がとても大きいことを言うンだよ。』
何でも月の軌道が一番地球に近づいた晩と満月とが重なったことをそう言うそうで、
気のせいなんかじゃあなく満月が微妙に大きく見えるのだと教えてくれた。
それから、
『敦くんには何か影響が出てたってことはないの?』
特に詮索めいた顔をするでなし、けろりとした声でそうと訊かれた。
敦の異能は “月下獣”という名のそれであり、
強靱な腕やそれは速く駆ける脚、弾丸をも弾く毛並みに鋭い爪などなど、
強大な虎の能力をその身へ下ろすという代物だが、
満月を見てそれは大きな虎に転変したことまでもを、
社の皆が知っており。
ひょろりと華奢な風貌のこの少年が
実はどれほど頼もしいかという格好での把握だからだろう、
ちょっぴり垂れ気味の目許をやんわりたわませ、やさしく微笑む先輩さんへ
やや頼りなくも“たはは”と笑い返すと、
『いえ。そんな日があるっていうのも今朝知ったばかりですし。』
この武装探偵社の社員になったことで、
社長の異能の庇護を受け、
自分の異能はちゃんと制御できるようになっており。
新しいことや絶妙な力加減が出来るようになりこそすれ、
暴走しちゃって振り回されたというのは、
組合との戦いの最中にあのQという存在と関わったとき以外は覚えがない。
特に変化はないようですと、率直に答えたところ、
そっかぁと朗らかに笑ってから、
『意識せずとも虎の耳とか尻尾とかがお目見えするンなら、
可愛いかなぁって思ったんだけどもね。』
『え〜、そんなこと期待しないでくださいよう。』
まだまだ広くは知られちゃあいない“異能”さえ、此処ではそんな具合に余裕の扱いで。
社の空気がお暢気だというんじゃあなくて、
単なる市井の探偵社じゃあない、とんでもない事件を扱うことも多かりしだから、なのであり。
「ヨコハマのあちこちへ爆発物を仕掛けたという声明文が軍警へ届いた。」
国木田の説明に、集まった調査員たちが表情を引き締める。
わざわざ警察へ届けたのだから脅迫文でもあろうけれど、何だかちょっぴり毛色が違うそうで。
要求を飲んだら辞めてやるとか、どこへ仕掛けたか教えるとか、
そういう脅迫めいた要望への言い回しは一切なくて。
また、政治や政策への不満といった、アジびらによくある文言も無いそうで。
「とはいえ、わざわざこのようなものを送り付けた以上、挑発の意思はあるということだ。」
何処に設置したという記述がないことから、ただの愉快犯という線もなくはなかったが、
公開はしていない同じ差出人から続いて送られてきた追加のメッセージにあった場所、
場末の空き倉庫が爆発したため、爆発物の用意はあるらしいと公安各位も色めき立った。
「ヨコハマをただ破壊したいだけなんじゃあなく、
せいぜい慌てろという挑発の意図もあるようだね。」
とはいえ、どこに何時にということを、ほのめかす記述さえないのは奇妙な話で。
愉快犯であれ反社会的テロリストであれ、
軍警や政府関係者などが慌てふためく様を見て溜飲を下げたいのだろうに、
これでは余りに取り止めがなさすぎる。
現にこのような状況であることは一切 公けにされてはない。
危険だから避難しろと告げようにもどこが危険かが判らぬ今、
徒に半端なことを洩らせば、
口コミでデマが飛んでの混乱が肥大し、恐慌状態が起きるだけだ。
報道関係にも嗅ぎ付けられてはないくらいで、
政権の無能さを高らかと嘲笑いたい…とまでの輩ではないものか。
“何かしらの欠片が抜け落ちているのかなぁ。”
第一報を追うように、そちらは所轄の刑事が持参した資料の中、
空き倉庫で爆発した爆発物の詳細と、脅迫文の複写を素早く流し読みした乱歩としては、
何かが足りないような気がしてならないようで。
「ま、いっか。あとはおいおい見えてくるのだろうから。」
何処という表記はないにもかかわらず、
さすがは名探偵様、
乱歩は文章構成や引用されている言い回しなどから
犯人像とその企みをほぼ読み取ったらしく、
「何処という指定がないのは複数個所にわたっているからという公算も高い。
となると、独りでばら撒いたというには無理もある。
あまり間を置かずに設置していかないと、どこから発見されるやもしれないからね。
なので、複数犯の可能性が高い。」
さほどヒントがあるとは思えぬ脅迫文から、
だっていうのに易々と犯人像を推理した結果として
それはすらすら爆弾の設置場所を割り出すと、
軍警へも的確に伝え、集まった調査員たちへも差配を下す。
国木田や谷崎、太宰には爆発物処理のスキルがあるそうなので、
万が一にも犯人と遭遇した場合、
その身のみならず 何なら爆弾自体も “細雪”という幻の中へ隠してしまえる谷崎はともかく、
あとの二人へは解除行為を邪魔させぬ用心棒も兼ねる格好、
国木田は賢治と、太宰は敦と行動するよう割り振られた。
「空き倉庫に仕掛けられていた爆発物の型は10年代に横行した○○式の亜種で、
電網で拾える構造なのではあるが、ということは解体法も掴まれていることは承知のはずだ。
だからと言って、そうそうトラップを増やせるもんじゃあなし、
あまりややこしく裏を考える必要はないと思う。」
他の場所に設置されたそれも同じものとは言えないという意を呈しつつ、
それでも一応はと設計図面の複写が配られ、
「プラスチック爆弾ですね。」
どこぞから盗まれた代物だろうなと、国木田が忌々しげに目許をしかめる。
「ああ。ケミカル系ではないところもある意味 安易だが、
湿気や衝撃などを考慮しないでいいところが厄介だ。」
ケミカル系というのは、何種類かの化学薬品が据えられていて
タイマーならまだしも衝撃などで混ざっても反応し、
爆発したり火災を起こすというよな形式の爆弾で、
そういうタイプじゃあないという情報交換中の解体班と乱歩が見やるのは、
問題の爆弾の基盤や配線の配置を記した図面らしく。
プラスチック爆弾というのは粘土のような火薬へ信管を埋めてあり、
多少の水気や振動にも影響されないわ、
形も自在で規模にこだわりがないならどこへでも仕掛けられるわと、
扱いやすい分 なかなかに厄介な代物だとか。
「起爆スイッチに使われていたのは百均商品のデジタル時計で、
そこから察するに時限式だったらしく、
遠隔操作式と違って設置場所付近に犯人は居合わせない公算が高いけど、」
巻き込まれちゃあ洒落にならない。
とはいえ、成功したかどうかの確認のためだとか、
何なら解体にあたふたするところとかを見て、ほくそ笑むよな目的もあろうから、
「単独犯ではないからには役割分担もしていよう。
なので、妙に意識の堅い、融通が利かなさそうな奴と鉢合わせたなら、
解体や排除の作業を強行に妨害されるかも知れないよ。」
ただの破壊衝動か、それとも政治批判かはまだ判らぬが、
派手な主張がしたくって、それでとそんな物騒な花火を挙げようというのなら、
阻止されちゃあ面目が立たぬと思うよな、頭の偏った駒だって紛れているかも。
用心するに越したことはないと、皆のお顔をぐるりと見回した乱歩の意を引き継いで、
和装の背条を頼もしく伸ばした福沢が深々と頷く。
「行って来い。」
命ずるのではなく、だが、目には見えない信頼を載せて力強く押し出してくれるような、
それは心地の良い高揚感をくれる送り出しのお声へは、
「はいっ。」
社員の皆して、腹の底からの声で応じている。
各組へ複数個所が割り振られ、社長の檄の下、機敏な足取りで事務所を飛び出してゆく各人で。
そんな頼もしき背中を見送った乱歩は、脅迫文を再び見下ろすと、
「…けど、これってどういう意味かなぁ。」
まさかに犯人のイニシャルか、それともワシントン在住という意味か。
いや待てよ、音楽用語にもあったよなと、
余りに縁のない畑の用語ゆえ、博学な彼には珍しく咄嗟には出てこないそれなよで。
棒付きの飴をねぶりつつ、なんだっけと小首を傾げ、思い出そうとしかけていた名探偵だった。
to be continued. (17.11.28.〜)
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*亀の歩みな進行なのがまだるっこい…。
首を傷めておりまして、なかなか集中できないのですよ。
姿勢って大事だなぁ。(とほほ)
ともあれ、やっと事件への突入です。

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